両手に“ポンポン”を持つ、とびきり愛嬌のあるカニ。
高校での発見から、大学での核ゲノム解読へ。
キンチャクガニ(Lybia tessellata)は、甲幅たった1〜2cmの小さなカニ。いちばんの特徴は、左右のハサミに小さなイソギンチャクをいつも持ち歩いていること。外敵が来ると、それをチアリーダーのポンポンのように振りかざして威嚇します。
英語では、その姿から Boxer crab(ボクサーガニ)/Pom-pom crab(ポンポンガニ)。日本では「水中のチアリーダー」とも呼ばれる、とてもチャーミングな生き物です。
見た目のかわいさとは裏腹に、キンチャクガニには研究者を惹きつける謎がたくさん。しかも先行研究がとても少ない、“未開拓”の生き物なのです。
イソギンチャクを「武器」や「道具」として使う、動物界でもめずらしい行動。カニがイソギンチャクのクローンを作って共生を保つことも知られています。
カニが持つイソギンチャクは、野生では見つからない独特の形をしています。挟まれ続けることで、姿かたちまで変わってしまうのです。
カニとイソギンチャクは助け合う「共生」なのか、一方的な「利用」なのか。両者の本当の関係は、長らく分かっていませんでした。
ナショナル ジオグラフィックの特集でこのカニに出会い、サレジオ学院・生物部の有志と研究をスタート。論文の筆頭著者として、約3年間、飼育と観察・実験を積み重ねました。10の実験から、教科書にはまだ載っていない発見がいくつも生まれます。
これまでは「特定の種のイソギンチャクだけを持つ」と考えられていました。ところが、生息域が重ならないヨロイイソギンチャクも保持することを確認。キンチャクガニは種にこだわらず、身近にいるイソギンチャクを持つ——という新しい見方を示しました。
持たれたイソギンチャクは、やがて白く変色します(白化)。組織の切片を作って部位ごとに観察したところ、ハサミに挟まれている部分ほど褐虫藻(共生する藻)が減っていたことが判明。白化のおもな原因は、挟まれ続ける物理的なストレスだと考えられました。
絶食させると持っていたイソギンチャクを食べ、外すと再生力はほぼ残らない。おこぼれの餌ももらえていない——。実験を重ねた結果、両者はイソギンチャク側にメリットの少ない片利共生、あるいは捕食・被食に近い関係である可能性が示されました。先行研究にはなかった新しい考察です。
大学では、この研究をもう一歩先へ。キンチャクガニ(Lybia属)の核ゲノムは、世界のどのデータベースにもまだ登録されていません(登録済みはミトコンドリアゲノムのみ/Gries et al. 2023)。
解読できれば、まだ誰も公開していないデータになります。「道具を使う」「イソギンチャクと生きる」というふしぎな行動の“設計図”に、遺伝子のレベルから近づけるかもしれません。小さなカニの大きな謎を解いた先で、いつか創薬や生命科学の役に立てたら——そう考えて、コツコツと取り組んでいます。
研究やその歩みは、いくつかのメディアでも取り上げていただきました。